まじかるずの巻
かつて、まじかるずというコンビがあった。
彼らを初めてテレビで観たのは20年ぐらい前になるだろうか、今でこそすっかりなくなってしまったが、当時は、素人参加のものまね番組というものが多く放送されていて、各局やっていたように思うが、なかでも特番として定着していたのが、あのねのねが司会のフジテレビの番組と、山田邦子と谷隼人が司会のテレビ東京の番組で、フジテレビのほうはいい意味でアバウトというか、いい加減というか、本人の意図に関係なく、結果的に面白ければなんでもOKみたいな危なっかしいひともいっぱい出てくる番組だったけれども、テレビ東京のほうはどちらかといえば本格志向で、わりあい、しっかりした芸のひとが出てくるような印象があった。のちにまじかるずとなる、藤代達生と堀井祥明を僕が観たのは本格志向のテレビ東京のほうでだった。
上田昭夫と桜井よし子がキャスターを務めるニュース番組にいろんなひとが登場するという構成で、まず、上田昭夫と桜井よし子という人選からしてちょっとこれはほかとは毛色が違うぞと思わせるものがあるのだけれども、続くレパートリーがさらに特異で、土井たか子、ケント・デリカット、関根潤三、竹下登、立松和平などなど、ものまねの対象が見事に非芸能人ばかりで、まるで派手さがない。彼らはそこで優勝したのでとても記憶に残ることになるのだが、それから少し経って、なにかのネタ番組を観ていたらまじかるずというコンビが出てきて、ああ、あのとき優勝したひとたちはプロになったのかと、すぐに納得した。
今でこそ、コージー冨田、原口あきまさから「細かすぎて伝わらないモノマネ」へとつながる“マニアックものまね”ともいうべきスタイルはひとつの潮流になっているけれども、レパートリーといい、斬り口といい、まじかるずは、まさにその“マニアックものまね”の先駆的な存在だったと言って良いのではないでしょうか。
土井たか子のものまねなんかはのちに多くのひとがやるようになり、山田邦子がやっていたのを覚えているかたもおられようが、これなんかは完全に藤代達生の模倣ではないかと推測する。だって、司会者と出場者の関係だ。そのうえ、まじかるずは山田邦子と同じく太田プロに所属することになる。藤代が土井たか子のものまね法を発見して、山田邦子が模倣することでそれが広まったと考えるのが自然なんじゃないか。
藤代は、みのもんたにもかなり早い段階で眼をつけていた。今でこそ、みのもんたという存在は超がつくほどの有名司会者だが、当時は「おもいっきりテレビ」の生電話のコーナーが話題になったころだから、旬のものをすかさずピックアップしてみせたという印象である。それもただ真似るのではなく、その生電話と「プロ野球珍プレー好プレー」でのナレーションとの違いを「良いみのもんた 悪いみのもんた」というかたちでやりわけるアイデアが秀逸で、なにより、生電話で人生相談に答えるみのもんたを「悪いみのもんた」と捉える着眼点は、みのもんたの行く末を的確に暗示しているかのようですらあり、くり返すようですが、90年代前半でこの着眼点は本当に早いのだ。
その他、江川卓、桑田真澄、斎藤雅樹など、野球選手のものまねにも絶品のものが多く、観るもののマニア性を刺激するような部分がまじかるずにはあった。
しかし、当時のものまねの状況はどうかというと、フジテレビ「ものまね王座決定戦」の大ヒットで、コロッケ、清水アキラ、栗田貫一、ビジーフォーの「ものまね四天王」が全盛期。観客をねじふせるようなデフォルメとショーアップで、派手に魅せるものまねが主流になっていた時代だ。
まじかるずとほぼ同時期に現れたひとに松村邦洋がいて、松村邦洋もやはり“マニアックものまね”の先駆的な存在であるといえるひとだが、松村はこの「ものまね王座」のレギュラー出演者であり、今となっては不思議なことなのだけれども、当時のこの番組での松村邦洋はどういうわけか「似てない」というレッテルを貼られ続けていて、本人もそのキャラクターをやるから、つねに1回戦ボーイでしかなかった。
この時代は、“マニアックものまね”が頭角を現す余地はまだなかったのかもしれない。もう少し時代がズレれば日本テレビで「ものまねバトル大賞」が始まるのだが、残念ながら、まじかるずはその端境の時期に解散してしまうことになる。
何故、解散してしまったのかはわからないけれども、ある時期までのまじかるずはとても順調に思えた。まじかるずはものまねだけのコンビというわけでもなく、ものまねなしで、ただ漫才をやっても面白かった。ツービートのようなスタイルで、藤代がおもにしゃべるのだが、爆笑問題のような時事ネタではなく、いわゆる、学校の“あるあるネタ”とでもいいましょうか、こんなやついるよねー、的な、そういう部分を突っついていく速射砲のようなしゃべりがまるでビートたけしのそれと一緒で、単に“たけしチルドレン”のひとりであったならば、まじかるずはもっとわかりやすい存在であり得たのかもしれない。
TBSラジオでは「まじかるずのスーパーギャング」という番組をやっていた。「オールナイトニッポン」の裏、今でいう「JUNK」の枠で、短命に終わった番組だけれども、何故か、僕はこの番組をよく聴いていて、強いていうならばコサキン的な、というと正しくないかもしれないが、まじかるずのマニア性がここでは存分に発揮されていたと感じる。同時代的には、ダウンタウンと吉田戦車により“シュール”な笑いが一般化していくときでもある。
TBSの、こっちはテレビのほうだが、たしか、「30分笑いっぱなし」というタイトルではなかったかと思うけれども、その番組の初回では、ホンジャマカ、バカルディ、キリングセンス、まじかるずの4組で合同コントをやったこともあり、「夢で逢えたら」のようにこの4組でその後は発展していくのかと思いきや、次の回からは、この番組の出演者はホンジャマカとバカルディだけになってしまう。ホンジャマカとバカルディはこの時期は各局で共演していて、完全に、ダウンタウンとウッチャンナンチャンのあとに続く存在に思えたものだが、この2組ですら簡単には成功しないという、お笑いがブームを迎えるずっと前の、そういう時代だった。
まじかるず解散後、堀井祥明は「003MANIA」というトリオを組んで、NHK新人演芸大賞を受賞したが、このトリオもそれ以上の活躍もなく解散してしまった。
藤代達生は「新・一人ごっつ」の「お笑い共通一次試験」という企画で1位になった。これには大いに驚いたものだが、そのときの藤代の肩書きは会社員だった。
2004年3月、藤代達生は直腸癌のためにこの世を去る。
YouTubeで素人のものまね番組を観ていたら、まじかるずになる前のふたりをたまたま発見して、そんなことをいろいろと思い出した。
はんにゃの巻
1年以上ぶりの更新です。すいません。
この1年で書きたいと思っていたことはいろいろとあるのだけれども、今はとりあえず、はんにゃだ。気がつけば、はんにゃはもっとも注目しなければならない存在になっていた。
はんにゃ、しずる、フルーツポンチの3組を代表格として、おもに東京吉本の、優秀な若い世代の“お笑い芸人”のあいだになにか新しい感覚が流れているのはどうやら間違いない、という気配は去年ごろにはすでに感じられたのだけれども、3組とも芝居の質感で笑わせるのだが、その質感は非常にもろく、ちょっとズレると類型的に陥るような微妙な部分で、それを特に技術を見せつけるわけでもなく、じつにあっさりとこなしている。それは驚異といえば驚異なのだが、簡単といえば簡単なのだろう。おそらくそこには、その世代には当然の了解事項があるはずで、当然のものとして伝わってしまっているだけに、すでにそこを通過してしまった世代にとっては説明がつきにくい。いや、むしろ、説明がつきにくいことで、通過してしまった世代をシャットアウトする役目があり、ある世代からの支持を濃いものにしている。ある世代からの支持を受けるというのは、いつの時代だってそういうものだ。
はんにゃ、フルーツポンチはオリエンタルラジオと同期だそうだが、オリエンタルラジオがひと足早く世に出たのは、オリエンタルラジオの持っている感覚が、おそらく、旧世代に属するものだからではないか。その芸風を、肯定するにせよ、否定するにせよ、オリエンタルラジオはまだ理解しやすい存在なのだ。はんにゃの代表作に「ズクダンズンブングンゲーム」というものがあるが、オリエンタルラジオの出世作である「武勇伝」と比べてみれば、その言語感覚、身体感覚には、旧世代を断ち切るようなみずみずしさがあるのがわかるだろう。
先日、「爆笑レッドシアター」を観ていたら、その「ズクダンズンブングンゲーム」が独立したコーナーになっていた。はんにゃのふたりが扮装して、ドラマ収録中の俳優のもとをたずねて、この架空のゲームを仕掛けるというものだった。
金田のからだの動きの独創性、もしくは変態性とでもいおうか、そこには全盛期のとんねるずを思わせる部分もあるが、こうして、はんにゃがふたりで扮装してロケをしているすがたを観ると、若かりしころのウッチャンナンチャンと似た雰囲気がある。この番組には内村光良も出ているし、共通するスタッフもいるだろうからロケのやりかたが同じなのかもしれないが、どうも、そのせいだけではないんじゃないか。はんにゃの年齢を調べると、金田と川島には4歳の年齢差がある。金田は1986年生まれで、「爆笑レッドシアター」のほかのメンバーの年齢を調べてみれば、金田はぐんと若いのだ。もし、金田が「仮面ノリダー」や「マモーミモー」を観ていたとすれば、小学校にあがる前という計算になるが、この、ちょっとの年齢差がけっこう大きいのではないかと思う。
この番組のメンバーではもうひとり、柳原可奈子がじつは1986年生まれだ。この世代からいったいどんなものが出てくるか、すでに旧世代の人間としては長期的に注目していきたい。

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象さんのポットの巻
80年代末から平成に至る時期だと思うけれども“お笑い第三世代”と呼ばれる一群があって、その代表格がウッチャンナンチャンとB21スペシャル、それに加えて関西のダウンタウンという3組。それに加えて、今も残っているひとでいえばほかには、ダチョウ倶楽部、ピンクの電話、ABブラザーズ、残ってないひとでいえば、ちびっこギャング、パワーズ、おきゃんぴーといったところだろうか、関東在住なので細かいことは知らないけれども、関西では圭修なんかを入れてもいいのかもしれない。いや、ただ同時期にいたひとたちならもっと挙げることもできるが、漠然とした印象でいえば、若者に人気の、特に女の子にきゃーきゃー言われていたようなひとたちのことをそう呼んだとするのが正しいように思う。で、その同時期のひとたちで、“お笑い第三世代”と呼ぶにはちょっと違和感あるなぁ、というタイプのなかで、もっとも重要な存在と思えるのが象さんのポットです。
漫才の映像をYouTubeで見つけたときには感動しました。やっぱり、今観るとかなり素人臭いのだが、しかし、だからこそ、野心的な試みが際立っているし、不穏なムードをかもしだしていて、ざっくり言ってしまえばシュールでナンセンス。ダウンタウンもそうだが、時代的にはおそらく、いがらしみきおなどの影響があるのではないか。
サンドウィッチマン優勝でちょっと流れが変わるかもしれないけど、それ以前に「M-1」が推奨していた漫才というのは、まさに、20年以上前に象さんのポットがやっていたようなことで、ここ数年のその流れを作ったのはおそらくおぎやはぎではないかと思えるが、おぎやはぎが登場した際には、やはり、象さんのポットのようだと評する声がいくつかあった。それに続く、POISON GIRL BANDや、また少し違うけれども、東京ダイナマイトにもそれっぽい類似点が散見されるわけで、直接的な影響はないかもしれないが、むしろ、変わった漫才をやろうとすると、皆、象さんのポットになってしまうということでありましょう。恐るべし象さんのポット。なにはともあれ、復活希望!

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世界のナベアツの巻
ジャリズムを熱烈に支持するひとたちというのが関西方面にはいて、関東の人間からするとちょっと過剰評価じゃないかと思うようなところがあって、それはたとえば千原兄弟などもそうなのだけれど、面白いことは面白いがダウンタウンに比べたらずいぶんスケールが小さいじゃないか。ダウンタウンよりもなにか凌駕しているものがあるのか。と、ケチをつけることはたやすいのだけれど、考えてみれば巨大なるダウンタウンと比べてしまうのも酷な話である。ダウンタウンは別格であって、むしろダウンタウンフォロワーとしての好ましさのほうが優る部分もあるのではないか。と、反省。いや、この話はでかくなるのでいずれまた別の機会にしましょう。
なにはともあれ、世界のナベアツです。そんな理由でジャリズムはそれほど熱心に追ったことはなく、それを若干、後悔してもいるわけだが、昨年末から今年にかけての世界のナベアツの急激な活躍ぶりはとにかくもう素晴らしくて素晴らしくてしびれっぱなしで、3の倍数と3がつく数字のときだけアホになるという、まぁ、ほかにもいくつかネタはあるけれども、おもにひとつのネタだけでみるみる認知されていく痛快さ。茂木健一郎や三谷幸喜のようなひとたちが賛辞を贈ることにまで発展する勢いにはなんとも心躍るものがあるではないですか。
3で刻むリズムはすなわち三段落ちのリズムであるが、そこに、3がつく数字を加えてあるのがこのネタの巧妙な点で、10番台に入ってからのリズムに変化が産まれて飽きさせず、さらに、30番台すべてでアホになってしまうという仕掛けにより、小さいリズムと同時に大枠でのリズムも作られ、最後の40で平常に戻って締める、じつに鮮やか。スマート。紳士的な。さらに、8の倍数のときに気持ち良くなるという条件を加えれば、10以下の数字で40の約数で3との公倍数がなかなか出てこない数字であるから8はベストの選択に思え、アホと気持ち良くなるの両立を演じきる技量も見事。5の倍数で犬っぽくなるもしかり、8のつぎにベストと言えましょう。いやはや、笑いの歴史のなかで、未だかつてこれほど数学的に美しい構造をもったネタはあっただろうか。是非、「誰でもピカソ」あたりに出演して、世界の北野の感想をうかがいたいところであります。ナベアツ、万歳!
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芋洗坂係長の巻
判定に不服だ! だから「R-1」はダメなんだと言いたくなるような結末。サンドウィッチマンの奇跡再び、ではないかと、最後の最後までひっぱっておきながら結局はなだぎ武のV2って、なだぎがキライなわけではないけれども、これはがっかりしたなぁ〜。いやいや、本来ならV2なんてもっと盛り上がってもいいところかもしれないけど、「R-1」の役割はそこではないでしょう。
なにはともあれ、芋洗坂係長です。圧倒的でした。決勝進出者のなかにこの名前を見たときには、まったく無名のどこの馬の骨だかわからないようなぽっと出のカルト芸人ぐらいにしか思ってなかったのだが、元テンションの小浦一優だと知って驚いた。「LIVE 笑 ME!」や「爆笑スペシャル」や「まねまね天国」等々で、爆笑問題やホンジャマカやバカルディらとしのぎを削ったあのテンション。 田口浩正が周防正行監督「ファンシィダンス」を皮切りに徐々に俳優業へとシフトチェンジしていくにつれ、自然消滅してしまったかのようなあのテンションだけれども、小浦は小浦でダンサーとか振付師とかをしていたようだが詳しくは知りません。
何年か前にドラマ「明日があるさ」の出ているのを目撃したときには風貌の変わりように驚いたものだが、今回、さらにまた違うひとになった。観るたびに変わる。テンション時代の若き日はデブの田口に対してしゅっとしたひとだったはずが、その後、すっかりデブになっただけでなく、ちょっと女々しいというか、可愛らしいしゃべりかたになってたのが意外で、そしてしばらく観ない間に中年親父にたどり着いた。今後、まだ変わるのか。岡田斗司夫みたく激ヤセしたりするのか。
芸風はやはりダンスを活かしたもの。洋楽に勝手な歌詞をつけるネタはテンション時代を彷彿とさせるようで非常に嬉しい。優勝はしなかったもののインパクトは充分。なんにしろ、ド新人からこのキャリアのひとまでが一直線につながっている状況っていうのはすごく面白い。20年選手だと、すでにピークを通り過ぎてくたびれた感じになってるひとも少なくないけれども、やりようによってはまだまだフレッシュな位置に立てるという、ひとつの希望を感じた。芋洗坂、万歳!
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